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sempre


心臓は脈を打ち

無意識に呼吸をして

腹が減っては何かを食べる。


頭の中に変化はなく

感情も行動も性格も

どんなに今のページをリロードしても

状態に変化はない。


新しいことがあっても

書き込むことがないのは

変化を変化とも思わなくなったから。



もう子どもではないと

自覚するようになったのは

ぼくがもう26歳だからだ。


でも26歳と

例えば22歳は

そんなに違う?

何が違う?

学生と社会人は違う?

学生は子ども?

社会人は大人?

どうなったら大人?
僕は大人?
そんなこと誰に聞いてわかるものじゃない。誰に決められるものじゃない。大人の責任も子どもの義務も初めからありはしない。その人はその人。男も女も関係ない。体格も体質も関係ない。

でも決められる。決められて決めつけられてその枠の中に収められて

人は1人じゃ生きていけないのは知ってるから

その枠に収まることをやめられない。

枠の中なら安全だね。

安全だから

驚くことも 

悲しむことも

苦しむことも

安全だから

平気なのです。


だから少なくとも

ここに書くことではなくなるんだ。 

うん、お腹が減ったよ。

たまには

更新しようと思ったのに、

消しちゃって、

間違ってね

消しちゃって、

でもま

言いたかったことは

今までと全然変わらないから

ぼくはぼくのまま


だけど


あなたはきっと変わるよね。


ぼくが変わらないのにあなたが変わることは少し怖い。

こわいけど


ぼくがこのままであることを嫌がらない限り


あなたに文句は言えません。


おやすみ。

もー、いーくつねーるーとー。

僕の力では、決してないと思うのだけれど、みんなのお陰だと言い切るのも違うと思うのだ。

自分が今生きていられること。
こうして年を越せること。
誰かから愛されていること。

僕だけの力じゃない。



自信と感謝を混同しよう。

謝ることも怖いような。


いやいや、誰が見るのよこのブログ。
気付けば始めてから6年?7年?

数ヶ月更新しないこともよくある中で、よくもまあなくならないなと感心しております。

きっとここに書いてあることの全部は昔の話だから、今の僕と考えが違うこと、沢山ある。

でもそこから気付くこともあったりなかったりで、まるで気の合う別人と話しているみたいだ。 


仕事を始めて、毎日があっという間で、決意も、勇気も全然なくて、でも色んなことが起きていきます。

沢山のことが、きっと、変わった。

でもその反動からか、最近、思い出すことが多くなりました。

生まれてから、今までの、沢山。


なんかさ、

思い返すと、後悔ばっかりだ。

その時の僕に会って、殺してしまいたいことだらけだ。

償えないことだらけだ。 

それでも僕はここにいて、この場所で、生きているんだ。

なんで生きているかなんて、理由なんて考える必要はないんだろうけど、

ただ生きることができるほど、僕はまだ、大人じゃない。


読んでくれて、ありがとう。
満たそうとするほどに、後悔は迫るんだ。

仕事も勉強も、ホントはそうありたい。

僕は、こと恋愛に関して、ある種の哲学を持ってる。最近、より強く自覚しています。

恋愛は求めるものではない。
与えるものだ。

愛する人が現れた時、僕はその人に何も求めない。何かをしてあげ続けたい。という意味だけど、これは尽すとはちょっと違う。

それは相手にも、与え続けるという哲学があてはまるから。

互いに求めあわず、互いに与え合う関係が、僕の理想の恋愛です。

ついでにいうと、与える時点で、実はもらってるんだけど、そこは無意識ってことにしておきたいので置いておきます。



何が欲しいとかではなくて、もらったものを大事にしたい。もらえること自体が、1番の幸せなんだと思うのです。

なぜなら、僕はその人を愛しているから。




僕には今、会いたい人がいます。
そんなに簡単に人は変わらないのです。