ばらまき。
ゴムの中へ。腹の上へ。顔に向けて。
命を無駄にして遊んでいる。
「命は消えていくんでしょうか?」
普段の鐘子でなくせる。フェルはそういう女性だった。
鐘子が、普段なら考え付きもしなかったであろう疑問を、呼び起こさせる。
考え付く必要がなかったのかもしれない。
「うん。消えてくね」
フェルは言った。
悲しそうだった。
悲しそうだったことが、鐘子には辛かった。
フェルがなぜこの仕事をしているのかわからない。鐘子のように興味本意であれば、少なくとも鐘子はフェルが自分と同じだと思いたかったが、いつかフェルのように達観できると思ったのに。
達観?
適当な言葉が思い付かなかった鐘子には、達観という言葉が浮かんだが、実のところはフェルの状態を表す言葉を探すのは困難だと思う。
フェルは生まれてくる命たちを見つめながら、その何億倍か何兆倍か何京倍かの生まれることのない命たちを腹の上で、或いは口の中に受け止めている。無表情に、見える。
無表情だと思いたいのか?
ともかく、無表情だと思いたかったフェルが悲しげだと気づいたのだ。
「思うんです」
鐘子が切り出す。
「いま、私たちはたまたま生を受けてこの世界を生きていますけれど、もし生まれないままに消えていたら? いま存在している身体も感情もどうなっているんでしょうか」
一気にまくしたてる。
鐘子の喉から生き物のように沸き出す疑問。疑問。疑問。
「消えた命が別な命に生まれ変わるってことを考えたこともあります。でも、消えていく命の数の方が明らかに多くて――」
「生まれ変わるのよ」
フェルが鐘子を遮った。
「何回でも何回でも、男のタマの中に生まれ変わるの。そして何回も何回も吐き出されて死んでいく。何億回も、そうね、黄河砂、不可思議、無料大数……無限に」
そう言って、いっそう悲しい顔になったフェル。
「だから、せっかく生まれた命くらい大切にしてほしいじゃない」
これ以上話をしたくない。フェルの雰囲気がそう言っていた。
鐘子は席を立った。
あとからあとから流れてくる涙で、今日は仕事にならないと思った。