ある春の昼下がり。
ふと、茂みから赤ちゃんの声がした。
さかりがついた猫の鳴き声は、赤ちゃんに似ている。驚くことはない。
しかし、茂みから顔を出したのは、満面の笑みを浮かべた赤ちゃんだった。
Facebookの「友達かも?」はどういう基準で選ばれてるんだろう。
常々、中平さんが気になっていたことだ。
仕事や出身校が同じ人はいいのだが、経歴や他の友人を見てもいったいどこから自分との関連が導き出されたのかわからない。そんな人がときたま混じっている。
いつものようにチェックしていると、一枚の写真が目に留まる。後ろ向きに立つワンピース姿の女性。
女性の名前は見たことがない。また、関係がなさそうな人が紛れ込んだようである。
プロフィールをチェックしても、接点は全く見当たらない。
ただ、どう見ても写真がとられたであろう場所がベランダである点が気にかかった。
カメラに背を向け、窓から中を覗きこんでいるように見える。
このアングルでは、カメラが空中になければ撮れないのではないか?
などという疑問より、そのベランダが自分の部屋のそれにやたら似ている点ばかりが気になった。
渡里さんは屋久島の出身である。
「有名過ぎてギャグみたいな話なんだけどさ」
屋久島の道路は山を中心にぐるりと一周している。途中、いくつかのトンネルを通ることになる。
そのトンネルのうちのひとつに、「出る」のだという。
「上半身だけのばあ様でね、“けけけ”だったか“かかか”だったか。どっちかがどっちかなんだよなー」
「どっちかがどっちか、って?」
渡里さんはニヤリとした。
「上半身がいるってことは下半身もいるのよね」
噂には様々な尾ひれがついている。上半身が下半身を探しているだとか、両方見たら死ぬだとか、実はそれぞれ別の身体なんだとか。
どれもありそうな話だと思った。
「じゃあ、下半身も別なトンネルを通るときに出くわしちゃう可能性があるわけですね」
「別な、……まぁね」
もったいぶるような渡里さんの物言いに、鐘子は身を乗り出した。
「どこにいるんです?」
「種子島のトンネルよ」
「正直、気は進まないけど、聞きたいんなら」
作野さんは言った。崎野のさんの友人から聞いた話だという。
当時、地方に出向していた友人の通勤ルートは山あいの道。途中、一本の長いトンネルがある。
トンネルを抜けた先、左手に見える森の前。一人の少女が毎日森を見て立っている。
バスでも待っているのか? それくらいにしか思わなかった。近くにバス停があるのか否かまで、友人は知らない。
転勤するまで三年間、毎日見たとのこと。
「これだけ」
「えっ、これだけですか?」
「……そいつもあとから知ったらしいんだけどさ」
作野さんは少し口ごもった。
「宮崎勤事件のあった森だったんだよ」
どうしても、いたたまれない気持ちになるのだという。作野さんは手を合わせて、少し黙った。
橋谷さんの家には、いわゆる隙間女が出る。
家の中の隙間隙間に女が潜んでいる、というアレである。
「そういうの、『だから?』って感じ」
橋谷さんは鼻で笑った。
実際、ちっとも怖がっている様子はない。幼少の頃から、「見えた」ことはあったが、一度も恐れをなしたことはないのだという。
「こっちは生きてるんだから、死んでる奴がいきがんなっての」
そんな橋谷さんをなんとか怖がらせたいのか、隙間女はあらゆる隙間から顔を出して見せた。まったく相手にしない橋谷さん。それどころか、変顔を返してあげたりのサービスまで。
そんなある日、橋谷さんが炬燵をつけようと、コンセントに差し込もうとした、そのとき。
「奴も必死だったんだよな……」
さすがの橋谷さんも苦笑い。
女はコンセントの穴に潜んでいた。
「差し込んだんですか?」
「もちろん」
差し込まれる瞬間、女は「え〜〜〜〜( ; ゜Д゜)」とでも言いたげな顔をしたとのこと。
さすがに悪いことをした、と思っているという。
それから女は心なしか離れた隙間に出るようになった。