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フェルのこと

 フェルは、待機室の窓際に腰掛けていた。そうしているあいだが、一番好きな時間なんだという。
 客から声がかかるのを待つ。仕事だ、と彼女には思えるらしい。
 多くの風俗店がそうであるように、「えっくす」も歩合制。声がかからない時間には、当然給与が発生しない。
 それでも、フェルは窓際にただ座っている、そのあいだが、仕事だと考えていた。

「私たちの仕事は、ひとを殺すことだから」

 いつだったか、フェルが言った言葉。
 その意味が、すぐにわかった鐘子。死のことが、いつも身近だったからわかったのか、それとも身体を売る身としてわからねばならないことなのか、鐘子に判断は出来なかった。
 風俗業は、性をもてあそぶ。それは、生まれてくるはずだった何億何兆何京のひとを、殺してきたことになるのだろう。
 正当化できる綺麗な謳い文句はいくつでも思い付く。だけど、それは自分自身を納得させる以外に意味はなかった。

「見えるから」

 窓際のフェルが見ているのは、通りを歩くたくさんの人。
 その顔ひとつひとつ、彼女の目に写る。
 彼女は、“その時期”が見える。

「こうやって、遊んできたからなのかな」

 時期がわかった客を見極めること。それは、フェルにとって重要な仕事だった。
 決して、その時期が近付いた客とは交わらないことにしている。
 その代わり。

「おめでとうございます」

 ――あなたのパートナーを大切にしてあげてください。
 そう言って、客を返す。

 フェルには、命が生まれる時期が見える。
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