「呉橋がいなくなった」

 店長ががっくりと項垂れて言ったその名前。鐘子は、知らないはずだったのに、それがフェルの本名なのだとすぐにわかった。

「出勤、増やせますよ?」

 鐘子が言うと、店長は首を振った。
 そうなるだろうとわかってはいた。
 フェルを求める客と、鐘子に話をしにくる客の層が全く違う。

 鐘子は、なんとなく。
 フェルはもうどこにもいない気がしていた。

 もし本当に彼女が、生まれる瞬間がわかるんなら。
 彼女自身に宿るものも見えるだろう。