「悪い奴じゃないんだよ。むしろ、いい奴なんだ」
桜さんの職場には、盛岡さんという人がいる。仕事もプライベートもごくごく普通。
奥さんを大切にするサラリーマンだ。……だった。
盛岡さんの奥さんは3年に事故で亡くなっている。
「しばらくは落ち込んでたけど、あるときから、急に元に戻っちゃってさ」
いろいろと勘ぐる必要もなかった。
盛岡さんは奥さんの遺影を職場で自分の机の上に置いた。家族写真でも飾るかのように、大きな額縁をノートパソコンの横に立て掛けた。
「おかしくなってたんだよな」
そこまで言って、桜さんはため息をついた。
「悲しいですね」
鐘子が言うと、桜さんは首を横にふった。
「怖いよ」
先日、盛岡さんの部屋を訪れた桜さんは愕然とした。あらゆる奥さんのものが、すべて揃っている。しかも、生活感もそのままに。
盛岡さんは、なにもいない空間に語りかけていたという。
「何より一番怖いのはさ、壁にかかってた写真」
盛岡さんの遺影が飾ってあったのだと。
「あいつ、もう死んでんのかな?」
じゃあ、毎日仕事してるあいつはなんなんだ、と桜さんは首をひねった。