友人と美術館帰りに長々と喋ってきました。
メールしたときに、悩んでいるとか友人が言うので
「相談ならのらないぞ」
と送っていたのにも関わらず奴は話だしました。
まぁそこから色々話したのですが。
友人曰く色々な人に相談しまくっていて、その中の一人に私を選んだ理由が
「無責任にばっさり切り捨ててくれそうだから」
らしいです。
よく見てるじゃん。
人の相談にのりたくないのは、まぁ面倒だということもありますが。
慰めることがうまくできないからということもあります。
慰めるって行動をしたところで事実は変わらないので無駄だと思っているので余計に。
(それを友人に言ったら反論されて納得もしましたがどんな内容だったかすっかり忘れた。)
まぁ私の無責任さが彼女になにかしらプラスの影響を与えたならそれはそれで良いと思います。
色々話して、いくつか気付いたことがありました。
私はあまり真面目な話を友人としたがらないんだと思います。
むやみやたらに踏み込んできてほしくないし。
話がメンタル面の方向にいくと自分のストレス障害の話をした方が色々と話しやすくなるから話しちゃうし。
私は自分がなかなか重度の中二病患者だと思ってます。笑
自分のキャラクター像を自己プロデュースしてしまうし。
メンタル面の話とか馬鹿みたいにブログに書きなぐっちゃうし。
でもそういうのは格好悪いと思っていて、その格好悪い部分を知り合いに見せたくないと思っています。
だから絶対人に弱っている部分は見せたくないし、相談もしたくないし、悩んでいることがあっても知られたくないんです。
事実そうではないけど常に涼しい顔してるイメージを持ってもらってたい。
感情が喜怒哀楽しかない淡泊な人だと思われてたいんです。
まぁこれが結局自己プロデュースなんだけど。
そして自分がそういう人間ではないからブログが常に感情的なんですが。
真面目な話をするとそこが揺るがされる気がして嫌なんです。
で、もう一つ。
だから真面目な話をするときって凄く恥ずかしい気分になります。
照れ隠しのつもりなのかいつもより3割増くらいでへらへらするみたいです。
へらへらしすぎて
「頭いいように見えるけど、お前実は馬鹿だろ」
と言われました。
残念。
・・・私は何を語っているのだろう。
我に返って読み返したら凄くどうでも良い話でびっくりしました。
でもせっかく書いたので載せちゃう。
小説を読み終えた瞬間の物足りなさが嫌い。
久々に小説を読んだら嫌な気になりました。
そういえば、私はあまり小説を読まない方ですが、読み終えたときの物足りなさを感じなかったことはあまりありません。
特に長編小説。
物語が長ければ長いほど、終わってしまう物足りなさがあります。
あ、でもお芝居にそれを感じたことはないなぁ。
終わり方が好きじゃないとか、脚本的な文句を付けたりはありますが。
お芝居は盛り上げてお仕舞いではなくて、観客の拍手とかキャスト紹介とか入るからかも知れません。
小説は読み終わったあとすぐに現実に戻らなくちゃいけないし。
逆にお芝居だと、劇場から出るまでは現実に戻れない。
だからなんだと言う話。
寝起きの頭で記事を書き始めると話の方向性が定まりませんね。
あ、物語は楽しく読めました。
しかし私は物語を無批判に迎合するので、私の面白いはあてにならないらしいです。