『ねえ、聞こえちゃうよ、』
知ったことか。
せっかく得たふたりの時間なのだ。
大晦日から元旦にかけて、チャンミンを俺の実家に連れてきたのだった。
大学時代の時も一緒に住んでいた仲だとは伝えた。
今も一緒に住んでいると伝えた。
チャンミンは告げなくてもいいと言った。
だが、この時代だ、男が年末に男を泊まりで実家に連れてくるなんて、頭に過ぎるものは過ぎるだろう。
チャンミンも恐れてはいるのだと思った。
告げることでなにかが変わることを、否定されることを、拒まれることを、恐れているのだろう。
それならそれで、取り敢えず引き合わせて互いの反応を見ようとも思った。
怖気付くというのも、当たり前のことだと思う。
それに関してチャンミンへどうこうは思わない。
タイミングというものは、あるはずだから。
だから、両親にはまだ言ってない。
『ああ、ユノ、』
昔俺が使っていた部屋に、ふたり分の寝室ということに用意して貰ったんだ。
そこで今、事に及んでいる。
チャンミンがいけないんだ。
チャンミンが、煽るようなことを言うから。
「ここでひとりでしたり、したの?」
そんなこと、聞いてくるから。
ひとりでっていうところが、含みすぎだ。
「誰かと」って、俺から言わせたかったんじゃないのか。
俺を試す、悪戯な唇がいけないんだ。
だから実家で、大晦日から元旦にかけてのこの夜に事に及んでやったんだ。
チャンミンが含む言い方をするのが、悪い。
俺を煽った本人が、悪いんだ。
『あん、』
見せるために脱ぐ身体のくせに。
啄んでやれば、女よりもそれらしい声を上げる。
胸が敏感にできているようでそこだけでひとり気持ちよくなれる作りなようだった。
『ねえ、声、やら、』
出したらいい、この家は広いから。
聞こえやしないだろう。
『あんん、やだ、胸ばっかり、』
チャンミンが動く度にシーツが波打つ。
肩の位置と腰の位置が反対に動くようにして見悶える。
『ねえ、イッちゃ、』
チャンミンのそれはもう出来上がっていて、俺のそれを押し付けると逃げるくせに更に喜ぶ。
けれど、まだ入れてやらない。
『だめ、』
『やめていいの、』
『やだ、だめ、やだ、』
『はは、』
小さなその円の形を描くように、ぐるりと舐めとってやる。
それからもっと小さな小さな粒を引っ張ってやる。
唇で。
そして舌で転がして潰してやるんだ。
『ああ、』
『女みたいだ、』
女より、それらしく輝く。
『やだ、言わな、』
『きれいだ、かわいい、』
俺にもっと気に入られたいがために、本能がそうさせるのだ。
『ふんん、』
『いくか、』
首を縦に振る。
本当にこれだけでいける男なのだ。
『ねえっ、ユノっ』
『いけよ、』
俺は知っている。
この男は出さなくてもいけることを。
擽る。
舐める。
吸い上げる。
磨り潰す。
『んっう、』
摘んで、また潰す。
『あぁっ、』
広げた足の膝が、力なくベッドに落ちる。
達した瞬間。
女のように達することを、覚えた体になった。
いちいち出さなくてもいける体になったようだ。
『なんか、ユノ、いじわる、』
『そうでもねえよ、』
心臓を鳴らすような呼吸をしている。
肩で呼吸をする手前のような、息の上がり方。
まだ余裕がある証拠。
『意地悪なのは、お前のほうだ、』
コドモな頃の俺を知ってどうするというのだ。
そんな時代の俺と誰かの関係にすら妬くのか。
恋愛がどんなものかも、わからなかったような時代のものに。
『ねえ、してあげる、』
チャンミンは俺を下にして、足の間に入ってきた。
唇を寄せて、口に含む。
『聞こえるかもしんねえじゃん、』
心配していたくせに、これか。
結局はその気になっていたんじゃないのか。
『じゃあ、我慢してて、』
いつからそんなに女王様気質になったんだ。
赤い舌が覗いた。
ねっとりと糸を這わせて舌を動かす。
まるで俺に見ろと言っているかのように。
命令するかのように。
視線までこちらに向けて。
挑発している。
俺の実家で、煽っている。
燃えている。
明らかな、野心。
そのくせに動きは尽くすように細やかだ。
相手の実家で、大胆に奉仕を始めるなんてね。
教師として、互いの関係を誤ったら形で知られてしまったあの時。
あれからふたりで特に気をつけるようになった。
同じ過ちを繰り返さないように、公私の分別を付けようと、極力痕跡を残さない行為を努めた。
だからなのかはわからない。
それらの反動なのかは、わからない。
チャンミンは唇で俺を苛むついでに、太股の内側に痕を浸けるように吸ってきた。
「ここならいいでしょう、」
そう言って主張するかのように。
「冬休みだし、いいでしょう。」
そう言って、戒めてきた心を今夜だけは、退けるように。
『はあ、』
俺が分泌させるものが増えてきた。
息継ぎをするその唇から、白い前歯も覗く。
『んん、』
目をうっとりとさせるその顔も、性別の間を思わせる。
この男のなかには、どちらの要素が強いのか、考えさせられる瞬間がある。
最近のチャンミンには、特に。
『すき、ユノの、ここ、脚、好きなの、』
好物ばかりを食べるように、喜びに眉を悩まし気に寄せる。
そして舌先と唇を踊らせている。
ああ、チャンミンは、
性的な成熟期を迎えているのかもしれない。
『こぼさないから、出していいよ、』
偉くなったものだな、お前も。
でもまだ、自分自身をおあずけだ。
出さないまま、唇から離れてチャンミンの足の間に入り込む。
下から上を見上げるチャンミンは、自分がどんな顔をしているのか知っているのではないかと思う。
どんなふうにして俺を見上げているのか、よく知っている。
どんな顔をすれば俺が喜ぶのかを、学んでいる。
できた嫁だ。
その嫁に、ストップをかけているのもこの嫁なのだが。
いい、それは今は考えないでおこう。
俺が不満に思っているような気になってくる。
『あああ、』
歓喜。
腹も、背中も、しっとりと汗ばんでいる。
薄闇のなかで、長い睫毛と喉を震わせて喜んでいる。
俺が入ってきたことを、喜んでいる。
全身で。
どうだ、これで満足か。
『いっ、あ、』
年季が入ったベッドが軋む。
母親が床にも布団を敷いてくれた。
本来は俺が下で寝るはずだった。
客であるチャンミンを、ベッドで寝させるために。
結局は、狭いベッドで事に及ぶことになった。
『きもち、い、』
喉が更に高く反る。
『ユノ、あ、んん、あした、』
明日、つまり、元旦か。
『ぼく、』
『うん、』
『いうからね、』
『…、』
何を、とは聞き返さなかった。
どこに力を入れれば俺が喜ぶのかを、この体は知っている。
よく、知っているのだ。
だから互いに調整し合って及んでいるようにすら思う。
その途中だった。
『あけまして、おめでとう、』
いくらその瞬間だって、その最中に分かったからって。
なにもまぐわっている最中に言わなくてもいいのではないか。
いつも俺の言動に笑って突っ込むくせに。
明日の朝は、俺がこっそり突っ込んでやるからな。
『おめでとう、また、よろしく、』
この後に果てて、そこで終わった。
おめでとうなんて交わしたら、もう、そこまでだろう。
結局朝まで、俺が長年使っていたそのベッドでふたりで過ごしたのだった。
俺達の部屋の、あのでかいベッドが恋しくなったり、ならなかったり。
母親にバレないように朝のうちに風呂に入り、また二度寝をする。
台所で煮炊きする音が聞こえる頃に目を覚ますと、チャンミンはベッドの上にはいなかった。
階下に降りる。
母親と、チャンミンの声がした。
キッチンに入る手前で、ふたりの声だけを拾う。
『なんとなく、そんな気がしたわよ、』
母親が笑っていた。
『ごめんなさい。』
チャンミンが言った。
『でも、それはユンホから聞かされるべきだったんじゃないかしら、』
チャンミンは何を言ったのだろう。
いや、察しはおおいにつくのだが。
『いえ、もとは、僕が彼を好きで、好きで、好きで、』
雑煮のいいにおいがする。
『おかあさん、ごめんなさい、』
うちのにおいだ。
『今も、これからも、彼のそばにいさせてください。』
顔は見えない。
けれど、チャンミンは母親に腰を折って頭を下げたのだろう。
『彼からおかあさんやおとうさんに告げられると、なんでも彼に任せきりになっていく関係になってしまいそうで、』
つまり、昨夜の時点でカミングアウトできなかった理由は、
両親に拒まれる云々ではなく、
チャンミンは自分の意思でふたりに告げるタイミングを探っていたということだ。
自分の声で、
俺の意思よりも、
自分の意思の強さを試したかったということか。
『おとうさんに言える勇気もまだなくて、ごめんなさい、』
ああ、泣くだろうな。
チャンミン。
『主人には、ユンホから言わせるわ。』
そうだね。
母さん。
そうするべきだよね。
『わたしは、主人の判断に従います。』
そしてそれが、うちの両親の夫婦という生き方だ。
『はい、…おかさあん、』
父は犬の散歩でもしているのだろうか。
『チャンミニ、』
母さんが、俺を呼ぶように、チャンミンを呼ぶ。
『あなた個人の気持ちはよくわかったわ、』
『はい、』
そうだ、これはチャンミン個人の行動で、意思だ。
『今度はふたりの気持ちを聞かせて貰えるのを、待っているわね、』
『…はい、』
涙声の、けれど、力強い返事だった。
先に自分の部屋で、チャンミンを待った。
トントンと、階段を上がってくる音。
開くドア。
現れるあいつの顔。
『おはよう、』
『おはよ、』
おめでとうは、もう随分前に言ったっけ。
『チャンミン、』
『はい、』
おめでとうは言ったから、
今度は、
『ありがとう、』
これだな。
お前の個人的な意思は、勝手に受け取ったから。
『ごめんね、勝手に、』
なんだ、聞いてたこともバレていたのか。
つくづく趣味が悪い俺達だ。
『チャンミン、』
手を伸ばす。
カーテンを閉めたままの、薄暗い部屋。
俺の手に、チャンミンの手が重なる。
『また、恋人から始めよう。』
ふたりの意思はできている。
職場での在り方も知った。
だから、次の段階を考えるのならば、
『本当に大切なひとたちに、認められるために、』
考えるべきだから、
『もう一度恋人から始めよう。』
そういう幸せを、掴むべきなのが俺達だから。
『チャンミン、』
『はい、』
『俺の家族のためにも、』
『はい、』
『もう一度俺の恋人になって欲しい、』
『はい、』
Be mine
この新しい日に、精神的な成熟期へ。
元旦からアレですみません…|´-`)チラッ