フレユリ、ED後。付き合い始め頃な感じです。
彼は美しい。
揺るぎない意志を秘めた、真っ直ぐで力強い瞳。
その双眸は、紫水晶の神秘性より妖しく、満天の星を抱く夜空よりもなお静かに光を放ち、見る者すべてを虜にする。
白く滑らかな肌は、彼の好む黒の衣装とのコントラストによって更になまめかしさを増し、惜し気もなく曝された胸元に嫌でも視線が奪われてしまう。
背に落ちる漆黒の髪は艶めいて、研ぎ澄まされた黒曜石の鋭さと、その対極の絹糸の柔らかさを想起させ、触れようとして手を伸ばせば儚くも指をすり抜けてゆく。
彼は美しい。
その危うい魅力に、彼だけが気付かない。
「だから、ユーリはもっと危機意識を持つべきなんだ!」
だんっ!とテーブルに両手を叩きつけた後、フレンは目の前の「彼」にびし、と人差し指を突きつけた。
対してユーリはテーブルに長い脚を投げ出して腕組みをしながら、およそ男である自分に向けられるものではないであろう美辞麗句の数々に、心底うんざりしていた。
二人は共にダングレストでの用事を済まし、久方ぶりに酒場で呑んでいたのだが。
「おまえ、酔って脳ミソ沸いてんのか」
「酔ってない」
「あーそーですか。だったらもっと呑んで、さっさと潰れちまえ」
「ユーリ!真面目に聞いてくれ」
二人は恋人、という関係であった。
フレンに想いを告げられた時はなかなか受け入れられず、さんざん悩んだユーリだったが、紆余曲折を経て結局は受け入れた。
身体の関係も持っているので、もはやただの親友には戻れないだろう。
ユーリもそれは理解している。
理解できないのは、フレンの自分に対する過剰なまでの心配っぷりだった。
「おまえなあ…。オレにそんなこと言うの、おまえだけだぞ?単に『惚れた欲目』ってやつじゃねえの?」
「欲目云々については否定しきれないけど、君をそういう目で見ている男は少なくない」
「男、って部分が非常に不自然だと思うのはオレだけか」
「女性からも人気があるのは知ってる。でもそれは大した事じゃない…、いや、なくもないけど、それはユーリの側の問題だし、その辺りは信じてるから」
「イマイチ意味がわかんねーんだけど」
「とにかく、僕のいないところで、あまり無防備な姿をさらさないで欲しい」
「さらしてねえっての。だいたい無防備って何なんだよ。周り中敵だらけってんならともかく、普段からそんな神経尖らしてたら持たないだろうが」
「僕にとっては今この状況も割と敵のど真ん中にいるのと変わらないんだけどね」
フレンの目は真剣そのものだ。
ユーリはため息を吐いて椅子の背もたれに身体を投げ出して、両手をぶらぶらさせながら酒場の天井を仰いだ。
白い喉が橙色の灯りを受けて微かに染まり、長い髪が揺れる。
「あーー…ったく、めんどくせーな、おまえは…」
隣の席の男がちらりとユーリを見遣り、喉を鳴らしたのをフレンは見逃さなかった。
「だから、そういうのをやめてくれ、って言ってるんだ!!」
再び、だだん!!とテーブルを叩きつけると、周囲が何事かと自分達のほうを向いたので、フレンは慌てて居住まいを正した。
騎士団長のフレンとギルドの有名人のユーリは、ただでさえとにかく目立つ。
特にフレンは立場上、絶対に問題を起こすわけにはいかない。
このような所では大人しくしていたいのだが、逆にこんな場所だからこそユーリの身を案じないではいられなかった。
だが、少し大きな声を出しすぎた。
一人の男が近いて来ると、二人の間の椅子に勝手に腰を下ろし、ユーリに話し掛ける。
「よう、ユーリ。随分くたびれてるな」
身体を起こしたユーリは男を見ると、僅かに眉をひそめた。
が、すぐに何でもないふうに話し始める。
「あんたか。久しぶり」
「…誰だい?」
「こないだ、仕事がらみでちっと世話になったんだよ」
「つれないねえ。ちょっとだけかよ」
がはは、と笑う男に剣呑な視線を向けるフレンを、ユーリが男には見えないように手で制する。
「オレ、ダチと呑んでんだよ。見てわかんねえか?邪魔すんじゃねぇよ」
「何言ってんだ。さっきから見てたけどよ、全っ然シラけてんじゃねえか。お堅い騎士団長サマなんか相手にしてねーでこっち来いよ、一緒に呑もうぜ」
男がユーリの肩を抱く。
ぎり、と奥歯を噛み締め、フレンは必死に耐えていた。強く握りしめた両掌に爪が突き刺さる痛みだけが、かろうじてフレンを押し止めていた。
そうしなければ、男に殴り掛かってしまいそうだったから。
だが次の瞬間、ユーリの発した言葉にフレンは耳を疑った。
「…そうだな。オレもあんたと話したいし、そっちで呑むか」
「っな…!ユーリ!?」
ユーリはフレンの抗議に対するかのように乱暴に立ち上がると、喜色満面といった感じの男の後について、男が元いた席へと移動してしまった。
すれ違いざま、フレンにこんな言葉を残して。
――こっち来たら、ぶっ殺すからな。
ユーリの去ったテーブルで、フレンは一人呆然としていた。
ユーリにとって自分の言葉が煩わしいものだということは、分かっている。
それでも言わずにはいられない。
だって、彼は自覚してくれないから。
あの男は、明らかにユーリを邪な目で見ていた。
自分だって、ユーリと親しい人間全てがそんな気持ちを抱いているとは思わない。
だが、恋人になってからというもの、そういう気配にいやというほど敏感になってしまった。
世の恋人達の程度は知らないが、異性のみならず同性からも好意を抱かれてしまう恋人の身を案じるのは、当然だと思うのは自分だけなのか。
それとも、そんなに自分の心配のしかたは度を越しているというのか。
思えば、ユーリは自分に対してそのような事を言うことはないような気がする。
心配されるようなことは何もないが、何だか無性に悔しい気がした。
何故、自分だけ――
こっちに来るな、と言ったユーリの言葉の意味も、わからないままだった。
ーーーーー
続く