鼎(=悠真)の幼なじみでありながら、用心棒となった梓は本部館内を案内して貰っていた。
「ここが食堂。本部と病院は隣接していて連絡通路からも直接行けるんだよ。組織直属病院ならではだが」
「本部…でっかいね〜」
梓は辺りをキョロキョロしている。
敷地が広いゼルフェノア本部は慣れるまで少しかかると聞いたが、鼎の用心棒である梓は彼女の行動範囲内にいればいいため、本部内はそんなに広域には移動することはない。
鼎同様、司令室を拠点にして動くことになる。
通路では鼎の馴染みの仲間とも何人かすれ違った。
「きりゅさんいつの間に復帰してたの!?」
「いちか、2日前からだが」
「気づかなかったっす…」
「今の人は?」
「私の馴染みの仲間のひとり、時任いちかだよ。そのうち彩音と和希とも会うかもね」
鼎は少し無理をしていた。久しぶりに幼なじみと再会したせいもあるのだが、本当は緊張している。
司令室に戻った2人は少しだけ、緊張が解けたように思えたのだが…。
宇崎は司令室に戻ってきた梓に制服一式を渡した。
「はい、制服一式ね」
「これ…色、白じゃないよ!?どういうわけ!?」
梓は制服の色が違うことに気づいた。ゼルフェノアの制服は白のイメージが定着しているが、渡された制服の色はライトグレー。
「用心棒だからちょっと分けました。梓はSPみたいにかっちりとしたスーツで戦わないだろう?だから用心棒仕様の制服を用意したんだよ。カスタムしたかったら言いな」
「だから色分けしたのか」
「そ。『補佐を守ってますよ〜』的な意味でね。色違いなだけで、デザインは隊員の制服と一緒だよ」
梓は鼎の方を見た。悠真…いや、鼎はどこか辛そうにしている。息切れでも起こしているんだろうか…。
「おい、大丈夫か!?」
梓は思わず鼎の両肩を掴み、揺さぶる。宇崎は思わず止めた。
「梓、鼎を揺らすな!悪化したらどうすんだよっ!お前は今すぐ手を離せ。いいな?
鼎は発作を起こした可能性がある」
宇崎は彩音に連絡した。
「彩音、今すぐ司令室来れるか!?鼎が発作を起こした。介抱してくれないか」
「了解しました」
彩音はすぐに司令室に来た。素早く彼女の様子を見る。
「軽い発作を起こしたみたい。室長、彼女を救護所へ連れていきます」
「頼んだよ」
「しばらく発作起こしてなかったのに…なんで…」
梓はこの人が鼎の親友である駒澤彩音だと察した。
救護所。鼎はベッドに寝かせ、楽な体勢にしてあげる。梓は鼎に謝りたかった。
「あ…あの…駒澤彩音さん…ですよね。鼎の親友の隊員だって聞きました」
「あなたが用心棒の『琴浦梓』さん?鼎は…だいぶ落ち着いてきたみたいだけど、まだ様子見しないとならないんだ。
もしかしたら鼎は…少し無理していたのかもって。彼女はあなたと会えて嬉しかったと思うの。でも無茶しやすいから…」
「悠真は死なないよね!?」
「軽い発作だから大丈夫だよ。鼎はさ…あの事件以降、何度も手術を受けてたの。
今までの戦闘のダメージと火傷のダメージが蓄積して、戦えない身体になってしまったんだけどね…」
鼎は安心したのか眠っている。経過観察も兼ねて彩音はよく彼女を寝かせることが多い。
「『火傷のダメージ』って…どういうこと?」
「鼎はなかなか人に話さないから私が説明するよ。13年前の怪人による放火事件で悠真はかろうじて生き残ったの。
でも全身火傷に加えて顔は大火傷だった。病院から退院した彼女は身寄りがないからゼルフェノアに匿われたって聞いてる。その怪人に狙われないようにするために。
…名前を変えたのはゼルフェノア直属施設に行く前後だったって聞いた。初めの頃の鼎は慣れない仮面に四苦八苦してたみたいで…」
梓が知らないあの事件後の悠真の話は壮絶。梓は言葉を失う。
「琴浦さん、悠真のこと…鼎のことを守ってあげてね。用心棒の使命でしょう?司令補佐の警護は。
重大任務だからね。鼎は『戦えない』からそれだけは決して忘れないで」
「駒澤さん、何か色々とあったみたいな感じだけど…」
「色々ありすぎたよ。初めて鼎と会った時はなかなか心を開かなくて。私は怪人被害支援組織の職員だったの。それで鼎がいた施設に行ったんだ。
今の鼎はあれでも…だいぶ変わったよ。数年前は笑うことが出来なかったのに、今は少しだけ笑うことが出来るようになった。顔が見えなくても声でわかるんだ。鼎は人前では仮面姿だけど、不思議と表情があるように見えるんだよね…」
それは感じていた。白いベネチアンマスクなのに、不思議と表情があるように見える時がある。
聞けば彼女は仮面生活が長いと聞いた。鼎はよく「仮面は身体の一部」だと言ってるとか。彼女からしたら必要なんだ。
梓は鼎とうまく行けるか不安になる。
「あたし、大丈夫かな…」
「小さい頃から仲良かったんでしょ?大丈夫だよ。腐れ縁だったの?」
「うん、まぁ…高校までは腐れ縁だったよ」
高校までは…か。
「琴浦さん、鼎安心しちゃってるよ。ほら。もう少し寝かせてあげようよ。発作は完全に治まったみたいだ…」
「あたし、知らず知らずのうちにゆ…鼎に負担かけちゃったのかなぁ」
「それはあるかもね。大丈夫。私達がいるから安心してよ。
もしまた鼎が発作を起こしたら、楽な体勢か寝かせてあげてね。乱暴にしたらダメだよ…症状が悪化しちゃうかもしれないでしょ」
「ご…ごめんなさい…」
梓は謝った。鼎にも直接謝りたいが…今は眠っている。起こしたら悪いよね…。
司令室に戻った梓は宇崎からある資料を渡された。
「君が知らない『都筑悠真』…もとい、『紀柳院鼎』の資料だよ。彩音からある程度話を聞いたはずだが、目を通してくれ。
この資料は機密資料だから、外部への持ち出し厳禁ね!!本部の外に持ち出したらペナルティがあるからな」
ぺ、ペナルティ…。
「ちなみにその資料はコピーだから、梓ががっつり見たらシュレッダーにかけるんだけどね」
コピーかいっ!!しれっと機密資料のコピーを出してきた…。鼎の警護に当たるから、予備知識つけときな的な意味か?
放課後の某都立高校。晴斗は久しぶりにゼルフェノア本部に行くことにした。
「今朝のあれ…なんだったんだろう。ま、いっか」
晴斗は自転車を飛ばし、本部へと到着。やっぱりたまに来ないと変な感じになる。
彼は手慣れた様子で3段階認証をクリア、本館へ。
晴斗は軽い足取りで司令室へ。そこであの眼鏡女と遭遇する。
「あーっ!!お前あの時のガキ!!」
「朝見た眼鏡女!!」
2人はギャーギャーしている。晴斗はなぜ梓がいたのかわからなかった。
宇崎はだるそうに説明する。
「晴斗。そいつは今日から鼎の用心棒になった『琴浦梓』だ。鼎…悠真の幼なじみなんだよ。
めちゃくちゃ身体能力高いから用心棒としてうちの組織に入れたから」
「悠真姉ちゃんの幼なじみ!?」
晴斗はオーバーリアクション。
「『悠真姉ちゃん』…って…あんた本当に悠真に可愛がられていたんだな」
「室長、鼎さんは?」
「ちょっと前に軽い発作起こしてな…まだ救護所に彩音と一緒にいるぞ」
しばらく発作起こしてなかったのに…。鼎さん復帰してからまだ数日しか経ってないから、無理したんだろうか…。
宇崎はどや顔で付け加えた。
「梓は薙刀の名手なんだよ。棒術も得意。武器はマルチプレーヤーだが、長い物持たせたら強いよ〜」
また癖が強そうな人が入ってきた…。
しかも琴浦さん、さっきから俺のこと…睨んでない?
梓は気が強そうなだけに晴斗は内心、びくびくしている。
某所・地下研究所。
イーディスは今か今かと楽しみにしていた。
「ゼルフェノアは今回苦戦するんじゃないかしら?実質…人vs人の戦いになるんだから。
私達のバックにあの家がいるとは知らずにねぇ〜」
Dr.グレアは淡々と研究中。
「グレア〜、マキナの投入まだなの〜?ねぇ〜?」
「マキナ」とは機械生命体の名称。Dr.グレアが開発した。
「媚っても無駄ですって。実戦投入するにはそれ相応のステージが必要だ。華々しいステージがな…」
イーディスとDr.グレアのバックにはある家がかなり絡んでいる。そいつらがこのオフィスビル風のアジトを作り、グレアのために地下研究所を作ってあげた。
イーディス達はその家の部下ということになる。
「グレア〜そのステージ早く用意してよ〜。ゼルフェノア潰し始めようよ〜」
「ハイハイわかりましたよ。イーディス様。ってなんだか立場がよくわからなくなってきたんだが!?」
「混乱させちゃった?ごめんね〜」
しかし、イーディスは読めない女だ。紀柳院鼎と何かしらあったとは聞くが、今のところゼルフェノア潰しをしたいだけにしか見えない。
手段を問わないあたり、この女は本気だ。現に彼女は仮面の司令補佐を拉致していた。
「グレア〜。私はあの女も叩きのめしたいのよ。紀柳院鼎をね…。戦えないならチャンスじゃなーい?」
「余裕出しすぎたら地獄を見ますよ」
「あっそ」
イーディスとグレアはだいたいこんなノリ。
グレアはゼルフェノア潰しのために初戦として、華々しいステージを用意するみたいだが。
ゼルフェノアは警戒しているが、まだ気づいてない。