倒れる事も許されず
夢だと逃げる事も出来ず
行き場に迷った末に武雄は一先ず現状を認める事から始めた。
人間、思考回路がショートしてしまうと逆に冷静になるものである。
「……とりあえず、お前珈琲飲めんの?」
薬缶でお湯を沸かしながら尋ねる。
普段なら面倒な為にインスタントだが今回は手動のドリッパーだ。
少なくとも考える時間は与えてくれる。
「……珈琲……ああ、なんか黒い、飲み物?」
大きな眼球をぐるんと一周させて藍児が確認する。飲んだ事はないらしい。
そうだ、と答えるとちょっと待ってて、と返答があった。
途端藍児の視点が曖昧になり空を見遣る。
時たまノイズが入り、ジジッと人間が出す筈のない音をさせて体が掠れて見える辺りやはり人間ではないのだ、と思う。
無言のまま待っていると薬缶が音を出し始めた頃ダメだー…という声が聞こえた。
「プログラムが見つかんない……」
それなりにショックだったらしい。
へにゃへにゃと上半身が机に落ちる。
「あー…じゃあとりあえず」
俺の分だけ、と薬缶の火を消しながら言いかけた所で勢いよく起き上がってきた体に思わず言葉を切った。
「ちょっと待って、探して来る!!」
そう言って立ち上がり、武雄の所有するパソコンの方へ向かう。
「探して来る、って……」
「無線より有線の方が探しやすいんだもん」
その前に珈琲が出来上がるだろ、とか、有線と無線に情報量の差異は無い、とか寧ろ有線ってお前どうやるんだ、とか
その他諸々ツッコミにも似た聞きたい事は山のように出てきたが一先ず静観してみる。
なにせ相手は人間のようで人間ではない。人間とは違う方法があるのかもしれない。
すると藍児はおもむろに机の上に乗るとディスプレイの両端を持ち片足を持ち上げた。
「おい、何してんだ」
前言撤回。おちおち静観すら出来やしない。
「え、ネットサーフィン」
片足が膝までディスプレイに飲み込ませながら藍児が振り向く。まるでそんな当たり前な事を何故、とでも言いたげだ。
そのまま再び武雄の中で浮上したツッコミを言う暇すら与えずにすぐ戻って来るー、とだけ言ってディスプレイの中へ消えていった。
そして訪れる静寂。
「……こっちじゃ当たり前でもなんでもねーよ……」
途端一気に力が抜けてフラフラと椅子に腰掛けた。
「あら、お客様だわ」
「あら、珍しいわね」
瓜二つであるが故に対をなす二人が顔を合わせてコロコロと笑う。
「この方はどんな欠陥を持ってるのかしらね、皓月」
「この方はどんな禁忌を持ってるのかしらね、玄月」
言われた台詞に思わず驚いたのが伝わったのか、こちらを見やって綺麗な声で囀り始めた。
「ここは人では無いものが集まる街」
「ここはアヤカシでは無いものが集まる街」
「誰もが何かしらの欠陥を持っている」
「誰もが何かしらの禁忌を持っている」
「歓迎するわ、客人」
「ここは何も拒まない」
「「ようこそ、逢魔街へ」」
ガタガタと揺れる馬車の中、緊張のあまり隣に座る老婆の皺くちゃの手を掴んだ。
それに気付いたのかこちらを見やり微笑まれる。
「大丈夫だよ。今度お前を預かってくれるところはとても優しい寮管さんがいる所だからね」
それは今まで居た所以上に、という事だろうか。
確かにはお世辞にも綺麗とは言えない院ではあった。
しかしそれを払拭するかのような温かさがあった。
特に不満があったわけではない。
ましてや不平を漏らした事もない。
不変を望むわけではないがそれでも新しい場所への不安が身を支配する。
「ほら、着いたよ。このお屋敷だ」
指された窓を促されるように見ると今まで見たこともないような、城のような外観が目に飛び込んで来る。
門が重厚な音を立てて開き、吸い込まれるように馬車が敷地内に入った。
「これからお前はここの子になるんだからね、粗相をしてはいけないよ」
物心ついた時から母親代わりだった老婆は諭すようにそう言った。
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日の光に当てられ目が覚める。
酷く懐かしい夢を見た。
あの時の不安感が的中していたのか外れていたのか、今だによくわからない。
緩慢に瞼を持ち上げ体を起き上がらせた。
するとはかったかのように部屋の扉が開く。
「あ、もう起きてた。朝ごはんだってよ。あと30分後」
用件だけ済ませると返事を聞かないまま扉が閉まり廊下を走っていく音がする。
まだ起きていない、他の寝坊常習者を起こしに行ったのだろう。
叩き起こすのは今では彼の日課だ。
(遅れるわけにはいかないな)
一度伸びをするとベッドから体を滑らせた。
なぜ、
なぜ彼が死なねばならぬ
体を抱き締めた。
視界が歪む。
彼の姿を少しでも記憶しておきたいのに。
頬を伝う涙が彼の体に落ちる。
ポタポタと落ちる。
その瞬間俺の体の中に浮かび上がったのは紛れも無く憎しみと怒りだった。
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サンホラ聞いてたら降りてきた多分パラレルアクション。
カプ決まってないから台詞のみ。